専門的な飲食店、という名のブラック

ブラック会社は基本的にケチか儲かっていないかのどちらかだ。もしくはその両方だ。前者は儲かれば儲かるほど仕事は増えるが賃金が増えない。会社の利益だけが内部留保としてたまっていく。そういう会社は長くは続かない。仕組みが破たん…

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施しを受けた記憶と飽食の時代

とてつもない貧乏な生活をしている時、裕福な人間が羨ましく思えるものだ。道を歩いていてゴミ集積所にあるようなものを自分ならまだ使えるのに、と思うようなことは一度や二度ではなかった。実際にたくさんのものを持ち帰り、自分で使っ…

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友達の友達は友達と呼べるのか

あまり簡単に人脈を広げるタイプではない、と自分で思っている。一度広げた人脈を元に戻そうとすればかなりのパワーが必要になるし、逆恨みされることだって考えられる。考えすぎかもしれないけれど、そういうことでいやな思いを結構して…

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ぜんまいを巻きなおす作業

小さなころ、部屋に鳩時計があった。時計の下からぶらりと垂れ下がった取っ手がふたつあって、それを交互に引っ張って毎朝ぜんまいを巻く、という日課があった。妹と1日おきに交互にぜんまいを巻いた。 今でもぜんまいで動く鳩時計とい…

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死について皆が考える機会

小林麻央さんの死去でひととおりいろいろな報道、記事を見た。死が悲しい、残念だという気持ちをどんな言葉で表現してもぴったりとする言葉がないんだな、ということをとても強く感じた。世の中のほとんどの人が死なないようにできていた…

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