またその後の1年

娘は2歳になった。元気で素直にすくすくと育っている。「パパ抱っこして」「嫌」「あそぼ」などと話しかけてくる。意思の疎通ができるようになって一緒に遊んでいても楽しく思えるようになってきた。年末年始はずっと一緒にいて、温泉旅行をし、妻の親類と食事をし、公園で一緒に遊んだ。

昨年夏には家を建てた。店舗併設の一軒家。妻の要望通りの家が建ち、想像していたよりもずっと立派で洗練されていておしゃれだっだ。僕は家には無頓着なのでほとんど任せた。セキュリティや太陽光発電、機密性などの機能的な部分とローンの部分を僕が担当した。お互いの役割がはっきりしていたこともあってスムーズにことは進んでいった。妻はオープンしたカフェのオーナー兼シェフとして忙しくも楽しそうに働いている。妻が喜んでくれたことが最も大きな目的だったからそれは達成できたと言ってよいだろう。

新居ができるかできないかくらいの時に不意に第二子を授かった。夫婦共にやりたいことがたくさんある中だったので若干の戸惑いもあったのは確かだ。夫婦で話し合いを何度歌詞て授かった命を前向きに捉えることができた。妻は娘の時と同じように妊娠4ヶ月くらいまでつわりに苦しんでいたが、持ち前の明るさと前向きさで笑顔で乗り切っていった。本当に頭が下がる思いしかない。一旦覚悟を決めてしまったあとは夫婦仲もとてもよく過ごせた。2歳の娘と豆柴と4人で穏やかな時間が過ぎていき、来月には出産の予定となっている。現在2000グラムを超え、本日、逆子が解消されたとの診断も受けた。お腹の中の子は僕も妻も望んでいた男の子だ。とにかく母子共に健康に生まれてきてくれることを願うのみだ。

仕事ばかりだった僕の人生は3年で大きな変貌を遂げた。夫婦仲もよく、人並みに子を授かり、平和に家庭人をこなすだけでなく、第二子の顔まで拝めるなんて想像もしていない人生となった。人生の後半戦はがらっと趣の違う生活にどっぷり浸かりそうな雰囲気だ。勝手に諦めていた平凡な幸せが日常になって、どこから見てもありふれた父親にみえるだろう。しかし内心はまだこの生活に順応していないと感じる時がある。少々の違和感なんて生活の中に山のようにあるし取り立てて意識するほどのことでもないのかもしれない。僕の心の中には見過ごすことのできない類のなにかが、まるでティッシュに水滴を落としたように緩やかに侵食されていく実感がある。それは嵐の前触れか、ただの季節の移り変わりなのか自分自身でも全く見極めることができない。ただ成り行きに任せ予測できない変化に備えて心の準備をしておくことくらいしかできそうにない。何事も起こらず平凡な父親として人生を終えることができればきっとそれが僕のもっとも幸せな人生なんだろうとは思う。

息子が無事に生まれ、妻が元気に店に復帰し、僕の仕事もそれなりに順調に暮らしていくことが最も重要なことだ。嵐も季節の変化も起こる時には起こるし、誰かにコントロールできることではないのだ。

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