またまたその後の1年

娘は3歳になり、息子は2月に無事に産まれて10ヶ月が経った。

日常はさらに賑やかで泣き声、叫び声、怒声に加え、犬の遊んで吠え(豆柴6歳)が入り乱れるカオスな毎日を過ごしている。

僕は息子の出産に際し出産予定日2週間前から2ヶ月ほどの育休という名の在宅勤務をすることができた。予定日近くなっても兆候はなく無痛分娩を選択した妻は入院予定日まで何事もなく過ごすつもりでいたと思う。入院前々日に突然陣痛はやってきて、念のため病院に行ってみるとまだすぐに出産できるといった陣痛ではないとのことで帰宅するか、大事をとって入院するか、みたいな話をしている最中にあっという間に子宮口が開いたようで無痛分娩の麻酔投与の運びとなった。結果本陣痛から1時間弱で無事に無痛分娩で出産することができた。

娘の時とは違い自宅で在宅勤務しながら生後1ヶ月の息子と過ごす毎日は戸惑いの連続だったが、娘の時よりはまともに対応できたと思う。妻にも感謝と労いの言葉をかけられたが、慣れない育児が少しでも役に立ったのなら本当に嬉しい。

息子は生後2ヶ月でRSウィルスに感染し2週間ほど入院することになったが、無事に退院し、現在は高速ハイハイ(娘よりずっと速い)と捕まり歩きできる程度には成長している。愛想の良い息子は保育園でも保育士さんたちにとても可愛がっていただいている。

3歳の娘は自己主張の塊みたいになっている。抱っこ、肩車、食事の好き嫌い、親の好き嫌い、Youtubeの要求などなど思ったことを自由にのびのび表現している。奔放に育ってくれることは妻も僕もとても喜ばしいことだ、と心から思っている。が、早く大きくなってくれないかな、と思うことも時々はある。結構あるかもしれない。

それにしても可愛い盛りには変わりはない。娘は気分屋なのでママが好きな日とパパが好きな日があって割合的には6:4でママを好きな方が多い(パパの体感としては)。僕が幼かった頃を考えてみればパパ好き率4割はなかなかいい成績なのではと内心誇らしい気持ちにもなる。しかしこれはひとえにママである妻の協力の賜物であることは理解している。娘の大好きなチョコレートを何かのご褒美にあげる時にはパパが頑張って働いて買ってきたんだよ、と伝えてくれているのである。朝、出勤する時には娘から「今日もチョコレートお願いね」とこれ以上ない可愛い顔でおねだりされ、目尻を下げ後ろ髪を引かれながら玄関を出ていく日々となっている。

振り返ってみると家族が増え、幸せな時間が増えた反面、妻との間にはいささか摩擦があった1年だったと思う。主には2024年下半期、と表現した方が正確だ。詳細は割愛するが関係が変化するタイミングだったということだったという結論だ。幼児と乳児がひとりずついて、お互いにそれなりにやりたいことがある中で家族としてそれぞれが何を優先すべきか、を決定していくために必要なプロセスだったと認識している。妻は言語化はしないがおそらく概ね同じような感覚でいてくれているはずだ。

僕としては一時的な感情の波を除けば話し合いを何度も繰り返し、理解しあうための時間を持てたことは有意義だったと思うし、より妻のことを理解することができたと考えている。具体的に問題解決の方法についても目処は立った。僕は妻の感情や言語外の思いについての理解が不足している。もっと感情的に寄り添う必要がある。「察して本気で共感できるか」が僕のテーマだと思っている。

お互いが成長したり変化したりしながらその都度本気でぶつかり合いながら家族は形を変えていくんだろうな、となんとなく他人事みたいに思う時がある。多少思い通りにならないことがあったとしても家族が増え、大切な人と過ごす時間が増え、健康で何不自由のない生活がある。感謝以外になにがあるだろう。特に思いつかない。

しかしこの平穏な時間がずっと続かないことも僕はちゃんと理解している。ただのネガティブな感情ではなく事実だ。きっと何かが起こることを僕自身が心のどこかで望んでいて、無意識にカオスになる選択をするだろうと自覚している。無意識に自覚している自分の本能は、結婚して家庭を持っても変わらない。時々家族と過ごしていて、ここは自分の居場所じゃないと感じることがあるのはそのせいなのかもしれない。

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