昨日に引き続き、本日は国立新美術館でジャコメッティを観覧した。2日続けて美術館に通うなんて人生でも初めてのことだ。
ジャコメッティについても特に何も知らない。予備知識は特にないまま何か感じられればいいな、程度の軽い気持ちで見て回った。
美術の感想ではなくなってしまうが、ジャコメッティという人間がどんな人間なのか、というのを作品から感じ取れるような気がするような作品が多かった。同じモデルを何度も何度も表現している点が非常に興味深いと思った。弟、ディエゴの胸像をいくつも違う形で残していたり、妻、アネットを何枚も書いていたり、日本人哲学者、矢内原氏を2年にもわたりモデルにしたり。
親しい人間に執着する性格だったんじゃないか、と思う。モデルに長時間同じ姿勢を強いたことも、モデルが少ない理由としてあげられるとは思う。だけど本当にそれだけなのだろうか?僕は違うような気がする。きっと大切な人に感情移入する気持ちが会ったのだろうな、と思う。雑誌や新聞に描かれた矢内原氏のデッサンを見ていてそんな風に感じた。
女性立像は逆に表情や凹凸に乏しい作品だった。人の個性を敢えて表現せず人間の根源的なものを表しているように感じた。人に執着する気持ちと根源的なものを表現する両極端な表現は一見矛盾するようにも感じられるが、実は同じことを示しているように感じた。
僭越とは思うが、何か感じている感覚の種類が似ているような気がした。自分なりのフィルターを通して、ジャコメッティの作品を見たとき、似たような部分に自分の感覚が重なっただけなのだと思う。個人的には親近感を覚えたのは事実だ。
晩年、彼が幼少期を過ごしたスタンパという場所で創作活動に励む。彼の愛した街や母親をモチーフにした作品をいくつも残す。自分の作った作品の置かれた部屋をデッサンしている。孤独という言葉では片づけられない。自分のうちなるものと向き合う人生を全うしたのだろうなと感じられた。

