破壊という名の精神修行

家の解体の仕事をしていたことがある。廃墟を重機はハンマーで粉々にする。大きな梁や板など、家を構成するありとあらゆる材料を細かく砕くという単純明快な作業だ。

僕はこの仕事が結構好きだった。一緒に働いていた同僚とは気が合わなくてすぐにやめてしまったけれど、仕事自体はシンプルで無心で作業に取り組むことができた。作るより壊す方が圧倒的に楽だろうな、とその時は思っていた。

人と触れ合う仕事をするようになってからも人間関係を意図的に「壊す」という必要が時々あった。こちらはハンマーを振り回すわけにはいかない。きちんと計画を練った。きちんと話をして理解してもらえない場合は、激しい落ち度がある人間と思われるか、もしくは不必要な人間だと思ってもらう必要があった。感情のもつれはできるだけ避けたかった。

人に嫌われる、人間関係を破壊するような行動をとることは精神的にとてもきついことだ。こちらも好きで嫌われたいわけではない。相手のために、自分のために必要な別れを無理やり作っているに過ぎない。出会いの数だけ別れは存在する。一時の邂逅が永遠に続くなんて幻想にすぎない。夢を見るなら短い方がいい。現実がつらくなるだけだ。

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