いつもお邪魔する会社のトイレ清掃員の人がとても記憶に残っている。その人はおそらく50代の女性で小柄、ふくよかな体形をしている。
その会社は大きな会社なので入り口を入るときれいな受付があり、美しい女性がにこやかに迎えてくれる。その奥に来客用のきれいで大きなトイレが設置されている。受付の女性に僕は用件を伝えた後、僕はトイレに立ち寄る。僕は打ち合わせ前にトイレに行く習慣があるのだ。そこに少なくない確率でその女性は清掃をしている。
その女性との出会いは衝撃、と言ってもオーバーじゃないだろう。僕が初めてこの企業を訪問し、緊張しながらトイレに立ち入ると個室の中から女性の鼻歌が聞こえてきたからだ。男子トイレの個室から鼻歌が聞こえたことは僕の人生に一度もなかった。女性の声、ということは男子トイレの個室で女性が鼻歌を歌いながら用を足している、と勘違いしたのだ。
僕は恐る恐る用を足し(個室から妙齢な美人が出てきたら困る)、手洗いをしている時に個室のドアが開いた。僕はすぐに個室の方を振り返ると、そこには小柄でふくよかな清掃員の女性がいた、というわけだ。
彼女はとても明るかった。「あら、鼻歌が聞かれちゃったわね。ごめんなさい。」と飛び切りの笑顔で話しかけてきた。僕は緊張していたこともあって、ややひきつった笑顔で「ええ」みたいなあいまいな返答をした記憶がある。
彼女はそれ以降僕のことなんか意にも介さず、楽しそうに洋式の便器にゴム手袋を突っ込んでごしごしと洗っていた。印象的だったのはその楽しそうな顔だった。こんなに陽気に便器を洗う人を僕は知らなかったからだ。
その後も時々、見かけると二言三言会話するようになった。「ご苦労様です」とか「トイレがきれいで気持ちいですね」とかその程度の会話だ。すると彼女も僕のことを認識してくれたようで僕が用を足していようがお構いなしに僕に話しかけてくるようになった。いつも笑顔で声が大きい。トイレなので声が響くからかな、とも思ったがそうではない。単純に声がでかい。
一般的に人気の職業とも言えないだろうトイレ掃除の仕事をここまで明るく楽しくやり遂げる人は素敵だな、と思う。僕は掃除が苦手なので、余計に楽しく掃除できる人を見ると尊敬してしまう。将来、僕だってどこかでトイレ掃除している可能性もあるが、その時は彼女の笑顔と元気さを見習いたい、といつも思う。好きなことをさせてもらっている今の環境にもっと感謝すべきだよな、とも気づかせてくれる。

