少年と母親の話

少年は波打ち際を下を向いて歩いていた。きれいな貝殻が落ちていないか探していたのだ。貝が生き物だなんてその時はまだ知らなかった。石よりもきれいで壊れやすいものが落ちているから、拾って大切にしようと思っていた。ただそれだけだった。

少年はポケットいっぱいに貝殻を詰め込んだ。平べったい貝殻、大きな貝殻、巻貝、いろんな種類をまんべんなく集めていた。母親は砂浜の高いところで、そんな少年を見るともなく佇んでいた。

両方の前ポケットと後ろポケットをパンパンに膨らませて、さらにお気に入りの貝殻は傷つかないように手で持って、少年は母親の元にやってきた。少年はもじもじと母親の前で貝殻を品定めしたあと、 一番お気に入りの貝殻を満面の笑みで母親に渡した。

細い手でその貝殻を受け取った母親は、薄く微笑むと少年の頭をサラサラとなでた。少年は頭をなでられた後、照れくささを隠すようにまた波打ち際に走って行った。

・・・母親の心はここになかった。考えなければいけない問題を抱えていた。母親は少年から受け取った貝殻をしばらく手で弄んだあと、低いヒールのかかとで砂浜に小さな穴を掘り、その中に貝殻を投げ入れたあと再び砂で埋めた。

母親にとって少年からもらった貝殻は、砂にまみれたきたない貝殻にしか見えなかった。そのうすよごれた貝殻を持って帰るのも面倒に思えた。少年には貝を海に返してあげた、とでも言っておけばいい。母親は自分の抱えている問題についてぼんやりと考えていた。

少年は何も知らず、海辺でまだ母親のためにきれいな貝殻を探している。

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