石川啄木の話

石川啄木について書かれた文章を読んだ。

死後、彼が評価されることになったのは有名な話だ。

存命中は遊び癖、放浪癖で生活に困窮するほどお金に困り、友人知人に金の無心をしていたとのこと。

 

ただその鋭い観察眼や文章の凄味、人を引き付ける才には長けていた。

圧倒的な力を持った人だったのだろうと想像する。

26歳で夭折しなければ、もっともっとたくさんの作品を世に出していたに違いない。

 

などど評論家まがいのことを書いてみたが、ぼくの伝えたい本質は違う。

 

人気があろうとなかろうと彼が自分の文章を書き続けたこと。

自分の生きざまを貫いたこと。

この2点についてぼくは憧れを抱くのだ。

 

評価されずに貧乏生活をしていても、

彼はきっとプライドを失わず、時として傲慢とも取れる言動を繰り返している。

彼は自信があったのだろう。

 

そしてその人望の厚さについて。

ただの傲慢なら、そこまでの人望を得ることができただろうか?

きっと難しかっただろう。

 

一本筋の通った気骨のある将来有望そうな若者。

何かしでかしそうな雰囲気を持った男。

そんな感じのイメージを石川啄木という人物に抱いてしまう。

 

体が弱く、見た目に頑丈であったわけではないと思うのだが、

見た目や実際の健康状態を超越した強さが彼にはあったのではないだろうか。

 

人気のない状態にあっても

スタンスを変えずに前を向き続けたこと。

彼が只者でないことを表しているように思えてならない。

 

最後に彼の妾であったと言われる「小奴」(こやっこ)という人の短歌を引用したい。

「六十路過ぎ 十九の春をしみじみと 君が歌集に残る思い出」

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