コンビニで弁当を買うお金すらない冬の夜、
電車賃を渋り、家までの道を歩いて帰っていた。
電車で15分、歩くと2時間半かかる道のりをとぼとぼと歩く。
トラックの往来が激しい国道から少し外れ、小さな川沿いのジョギングコースを帰路に選んだ。
どこの家も廃墟のように電気が消えていた。
世界中の人が眠りについているか、どこかに消えてしまったみたいだ。
「空腹と疲労のせいで精神を病んでいます」
とぼくの心の中で誰かが冷静にぼく自身のダメージを分析していた。
気が付くといつからかちらちらとほこりのような軽い雪が落ちてきて、
灰色のアスファルトを黒く染めていった。
天気予報で明日は雪、と言っていたのを思い出す。
もう明日になってしまったというのか。
余計なことは考えまい。
今は耐える時期なのだ。
自分自身にそう言い聞かせる。
ぼくは下を向いて歩いていた。
ずっと下だけを見て10分歩き、顔を上げると、
10分前にいた場所からワープしたみたいに遠くまで進んでいた。
顔を上げるたびに雪は確実に降り積もっていて、
本当にワープしたわけではないことを思い知らされた。
何度めのワープの最中だったか、地面を見ながら歩いていると、
雪で濡れた黒々としたアスファルトに
ピンク色の塊が見えた。
おや、と思って近づいてみるとすぐにそのピンク色の正体がわかる。
体長10センチくらいの小さなクマの人形だ。
ピンク色のクマはあおむけに寝転がったまま、
目はうつろに雪の舞う空を無情に見つめていた。
もう何十年も同じ格好をしているんじゃないか、とおもうくらい
みすぼらしく汚れていた。
やあ。
ぼくは声に出さずに語りかける。
みんな眠ってしまっているみたいだ。
こんなところにいたら風邪をひいてしまうよ。
クマは何もいわない。
そっとクマに触れてみる。
冷たい。
湿っている。
が、まだ息を吹き返すかもしれない。
ぼくはクマを手のひらですっぽりと包むと、
その手をコートのポケット入れた。
あの日ぼくらは同じ場所で遭難していた。
クマとぼくは生き延びるために手を結んだ同志となった。
クマは洗われて別人のように美しくよみがえり、
同じ人生を歩んでいる。
