予想は外すためにある

日常の延長線上に未来があるはずなのに、きっとこうなるだろうな、という予想はたいていの場合は当たらない。自分のことに対しては特に。予想を上回って良い結果が出ることもあるし、もちろんその逆もある訳だけれど、どちらにしても想定から大きく外れている。

予想する力が弱いというのは現状を冷静に把握出来ていないのか、見通しが甘いのか、そのどちらにも当てはまるのではないか?ということを常々考えてきた。しかし最近違う結論にたどり着いた。

予想しにくい選択肢を無意識に選んでいるのではないか?という疑念だ。

例えば、東京から大阪まで移動するとする。ビジネスマンであれば新幹線や飛行機での移動を考えるだろうし、貧困学生なら長距離バスでの移動を考えるかも知れない。時間に余裕があれば僕は自家用車で大阪に向かいたい。運転が楽しいし、自分のパーソナルスペースが確保できる環境が好きだからだ。

移動の場合は選択肢が限られるが、日常的に「おもしろいか、おもしろくないか」「楽しいか、楽しくないか」を判断基準にした場合、結果が予測しにくい決断の方がおもしろいし楽しい。必然的に予想は外れていくことになる。仕方のないことだ。

しかしこと会社の経営となると話は違う。現状把握も先の見通しも正確に出来れば出来るほど対処が可能になるので慌てることは少なくなるし精神的にも安定する。一時期は会社の状況やマーケットを分析し未来を予測するようなこともしてみたがこちらも全く精度は当てにならないし、別に楽しくもないのでやめてしまった。必要なら得意な人に頼めばいいような気もする。

自分がやりたいことをやって、成し遂げたいことを成し遂げるために時間やお金を投資している。先の見通しをして安定して暮らしたいのならそもそも起業を選ばなかった。上場したい欲もない。今は事前に予想した未来と現実のギャップを楽しみたい。できれば良い結果だとありがたいが悪い結果でもそれはそれでいい。その方がおもしろいから。

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