自分で運転できる乗り物が好きだ。自転車で遠くに出かけるのは子どものころから好きだった。地図も見ることのできない子どものころから目的もなく見知らぬ場所まで旅に出た。親からかなりうるさく行動範囲について制限されていたがそんなものを守った記憶はない。
家の近所からふらりと自転車で出かける。大体半径5キロくらいが、自分の地元と認識できるくらいの範囲だった。同じ学校に通う友達と普通に出会う場所。そこを過ぎるとわざと行ったことのない細い路地を選んで走った。方角も特に意識していなかった。選ぶ道に根拠はなにもなかった。目的地も設定していなかった。
見知らぬ場所を自転車で走るのはドキドキした。悪いことをしている気分がした。よく覚えているのは夏の暑い時期で、腕がじりじりを日に焼ける感覚を感じながら右へ左へ細い道をすり抜けていった。
大きな通りに出ると、自動車用の青い看板が出てきて、直進、右折、左折するとどこにたどり着くのかわかる標識が出てきた。小学校低学年の時はほとんどの文字も読めなかったし、読めたとしてもそれがどこなのかわからなかった。高学年になると大抵どの道がどこにつながっているのか地図を見なくても把握することができた。
時々自転車はパンクしたり、チェーンが外れたりした。たいていの場合、自分で退職することができた。近所にいたお兄ちゃんたちに自転車トラブルの対処の仕方についてはある程度教わっていたからだ。だけどもちろん、大規模なトラブルについては対処できなかった。そんな時はどんなに遠くからでも自転車を押して帰った。泣いて帰った記憶もある。どうして泣きながら帰ったのかは覚えていない。
自転車があればどこにでも行ける気がした。どこか行きたいところが具体的にあったわけではない。ただ走ることが気持ちよかったし、ドキドキすることが心地よかった。ひとりで旅をする楽しさは小学校低学年の時から変わっていないのかもしれない。

