失われる前の日々

僕は津波に襲われる前の原ノ町を知っている。海から車で20分程度の畑の広がる街だった。駅前の中華屋で食事をしたり、ヨークベニマルで買い物をしたり、6号線のブックオフで中古品を漁ったりした。

震災後、僕は一度だけ原ノ町を訪れたことがある。震災から3年後のことだ。常磐道を北に進み原発の街を通り過ぎる。雑草が生い茂る、人の手が加わっていない風景をみながら、高速道路沿いに設置されたガイガーカウンターをつい気にしてしまう。

原ノ町駅から海沿いの畑は見る影もなく変わってしまっていた。あるはずのない船の部品や残骸はまだ陸に残されていた。駅周辺は津波の被害を見て取ることはできなかったが、崩落しかかった建物をいくつか見ることができた。

飯館村に向かおうと思ったが当時はまだ入ることができなかったと記憶している。以前、飯館牛をごちそうになった古民家に住む老夫婦は元気でいるのだろうか?と思いを馳せる。元気でいてくれることを願うことしかできない。

またいつか、原ノ町を訪れる日があるだろう。その時またあの頃親しくしていた人たちと笑顔で会うことができるといいな、と心から思う。

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