望む現実も望まない現実も自分で蒔いた種が芽を出して花を咲かせた結果なんだろうなと思う。どの種がどんな風に花咲くか想像もつかないが、確かに幸せの種もトラブルの種もたくさん蒔いてきた来た記憶はある。
咲いた花には生きる権利がある。気にいらない花が咲いたからといって無下に根っこからむしり取るようなこともできない。咲いた花を愛でながら宴会でもして盛り上がるくらいの気持ちの余裕があったらいいな、と思う。
昨日咲いた花は見事に期待通り、それは美しく清らかな香りを放つ素敵な花だった。だけど今日咲いた花は僕のアレルギーを刺激する花粉をまき散らす、見た目も地味な花だった。誰にも望まれない、誰の目にも触れない雑草のような花。
だけどそれでも懸命に生きている。望まれようが望まれなかろうが、太陽に花弁を向けて咲く。その姿は健気で愛おしく感じられる。

