もともと生花はきらいだった。
会社を退職したとき、親しい女子社員から黄色い花束をもらったことを覚えている。
その当時、ぼくは黄色い車に乗っていた。
花瓶が家にないのでいただきもののマーロウのプリンの空きビーカーに水を張り、
黄色い花を挿し、リビングのテーブルに置いた。
数日たつと花は枯れた。
萎れて花弁はテーブルの上に落ちていた。
そんな時ぼくはとてもやるせない気持ちになる。
この花をゴミ袋に入れる。
45リットルのゴミ袋はそれだけ入れるにはあまりにも大きすぎて、
昨日の夜の回鍋肉の残飯やら、鼻をかんだティッシュやら、あらゆるごみたちと一緒くたにされることになる。
それがなぜかとても憂鬱なのだ。
数日前まできれいに咲いていた花。
結構気に入っていた同僚の女の子がくれた花。
でも今はただのゴミだと思い知らされる。
数年前のその黄色い花のことを今でも時々思い出す。
携帯を見れば、その花はまだきれいに咲いたまま、カメラロールに残っている。
花の名前は今でも知らない。
名もなき黄色い花たち。
辞めた会社はその後なくなってしまった。
その会社での経験は生きているが、思い出はほとんどない。
その女子社員の顔ももう忘れてしまった。

