言葉という学問

言葉というコミュニケーションの不便さをつくづく感じる。「きちんと言葉を操ることができなければ、きちんと考えることもできない」という趣旨の言葉をどこかで読んだ記憶があるが、本当にその通りだと思う。

逆にそれ以外の方法で何かがどこかでつながった時は「運命」すら感じてしまう。こんなにすらすら分かり合えることがあるのか、というくらいに。言葉は表面的なやり取りですむ世界。言葉による諍いはほとんどない世界があるのならどんなに素敵なことだろう。

一瞬だけそんな世界を見つけたとき、とても幸せになる。

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